特集●混迷する世界への視座

「同一労働同一賃金」にどう立ち向うか

安倍政権の労働政策と問われる連合の対処

連合大阪元副会長 要 宏輝

1.労働政策論から労働立法へ

アベノミクスの第三の矢は経済成長政策をうたったものの、いま、生産人口減少下の経済で成長はない。財政収支のワニの口は開いたまま、というより財政赤字は拡大の一途だ。一向に需要(消費)が伸びないのは、非正規やワーキングプアの拡大に象徴される、若者から人間的生き方を奪う労働市場を本気で改革しようとする政治がなかったからである。

労働力の需要が供給を上回り賃金が上昇したとき、これを抑制するのは資本の有機的構成の高度化(生産手段のイノベーション、斬新な設備投資)による過剰人口の創出で対処してきた。が、実際は新自由主義的手法で、「労働条件の底が抜けた!」といわれるほどの、賃金の直接的な切り下げで対処してきた。逆に需要<供給で賃金が低下したとき、これを「価値」または「自然価格」に近付けるものは需要の回復、実際問題としては労働組合の供給規制が、国家の労働立法が役割を果たしてきた。

いま、長時間労働や同一価値労働同一賃金が政府の「働き方改革実現会議」(注1)の議論の俎上にあがってきた。デフレ経済(デフレの罠)から抜け出すためには、同一価値労働同一賃金という均等待遇の原則を導入し、非正規雇用をなくし有期雇用契約の乱用を規制するしかないことにようやく政策当局が気づき始めたからだ。

均等待遇がない状態で、非正規雇用を野放図に放置すると、平均賃金が下がり続け、マクロ経済的には個人消費が落ちる。物が売れない→物価が下がる→利益が出ない→低賃金の非正規を使う→さらに実体経済が悪くなる。経済成長していくために必要な社会的需要が不足していくのだ。その最大の原因は賃金の切り下げが大きすぎたことにある。このことに政財界は目をつぶり、アベノミクスに象徴されるように「だから成長戦略が必要なのだ」と取り繕ってきた。個別企業は短期的な「益出し」に走り、賃金を引き下げ、業績を上げようとしたから、長期的(マクロ)に経済成長が止まり、デフレ経済に陥ったのである。名目GDP成長率は、1998年以降マイナス基調(プラス時でも1%台)が続いているが、この間、大企業の内部留保は313兆円と史上最高に膨らんだ。

貧富の二極化、労働市場の二重性による賃金格差の拡大は、日本社会を支えてきた分厚い中間層を先細りさせ、民主主義の危機を招来せしめた。社会的包摂から排除された、4割を超える圧倒的多数の非正規労働者の存在は、政府の新自由主義的な政策展開に対抗できなかった労働運動の機能不全、労働組合の不作為(未組織状態の放置)の結果である。

「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」ことを「目的」に掲げた「働き方改革実現会議」の歓迎すべき展開を受けて、国の作為(立法化)を求める声が大きくなっている。「規制力としては第一に法律、第二に労働組合、第三に対抗文化」(月刊全労連2016.12号森岡孝二論文「過労死から見た日本の労働時間と働き方改革」)。

同氏の指摘によると、法律と労働組合の二つ規制力が著しく弱い。現状では労働組合に期待することはできないので、国に対して法的規制を要求するほかない。超党派議員立法「過労死防止法」(2014.11施行)ができたが、最近でも電通、関西電力での過労自殺が大きなニュースになった。共通しているのは死亡前の残業時間の異常な長さである。法の実効性がない。労災「殺人」や原発事故関連の人災死1600人(Wikipedia)で責任者が刑務所にぶち込まれた前例はない。

(注1)働き方改革実現会議には15人の有識者が参加しているが、このうち労働側は神津里季生・連合会長の1人しかいない。一方、経営側からは7人が選ばれている。国際労働機関(ILO)は、労働法制や労働政策を決める際のメンバーについて、政府、労働者団体、使用者(経営者)団体の政労使三者構成を原則としている。先進諸国はこれにならっており、日本でも厚生労働省の労働政策審議会をはじめ、あらゆる制度が政労使の三者で協議されている。実現会議には連合以外の労組が参加しておらず、バランスを欠いている。

2.労契法20条関連判決事例:長澤運輸事件、ハマキョウレックス事件

この二つの裁判のうち長澤運輸事件の原告らは60歳定年後の継続雇用者である。「裁判沙汰」という言葉が示すように、労働者が裁判闘争を起こすことは孤独、そして費用と時間などを考えると大変なリスクだ。幸い、この二つ裁判は原告が所属する労働組合(全日本建設運輸連帯労働組合、略称「連帯ユニオン」)が組織的に支援している。

長澤運輸事件・東京地裁判決(2016.5.13)は労契法20条(注2)の不合理な格差を強行的に是正する補充的効力を認めたのは画期的であったが、同事件東京高裁判決(2016.11.2)では補充的効力については判断回避、ハマキョウレックス事件・大阪高裁判決(2016.7.26)では補充的効力は認められないとしながらも職務関係の諸手当の不支給等は「不法行為」とし、(8割ほど)救済された。判決の解釈・動向は、労契法やその施行通達や民法90条(公序)との間で揺れ動いており、判然としない一進一退の展開となっている。

これから続く、東京メトロ事件、日本郵便・東日本事件の判決なども注目される。

労契法20条は、有期雇用契約の「不合理な差別」を禁止するものである。しかし、会社は「有期だから差別したのではない」とか「(社会で広く行われている)定年後の継続雇用制度にもとづいておこなったこと」と主張する。裁判所は、

①「職務の内容」が同一かどうか(第一判断要素)

②「職務の内容及び配置の変更の範囲」が同一かどうか(第二判断要素)

③「その他の事情」(第三判断要素:合理的な労使慣行、会社の苦境の程度などの諸事情)

の事実調べを行い総合的に判断して決める、という。つまり、①②が同一でなく、また③の「会社の事情」の内容によっては、有期労働者の労働条件に差別・格差があっても「不合理」ではないとする。しかし、その「差」がひどいものであってはならない。差別や格差が大きければ労契法20条を援用して救済する(ハマキョウレックス事件・大阪高裁判決)。

ちなみに裁判の結果、「不合理と認められる」場合(注3)の法的効果については、労契法上は明確になっていないが、国会答弁や通達、学説をまとめると、次のようになる(労使関係実務研究会編、「労務トラブル予防・解決に活かす“菅野「労働法」„(改訂版)」P329)。

①「不合理と認められる労働条件」については無効であり、不法行為による違法性を備える。

②無効となった労働条件がどうなるか、については、次の二つの説がある。

a)対象比較された無期契約労働者の労働条件に代替つまり、補充的効力を認める(国会答弁平24.7.31、平24.8.10基発0810第2号ほか)

b)関係する労働協約、就業規則、労働契約等の規定の合理的な解釈・適用による。

菅野「労働法」は、b)を支持しており、その理由としてa)のように補充的効力という重大な法的効果を認める場合、法文上の明記が必要なことを挙げている。つまりは、来るべき国会での法改正が「天王山」の闘いとなる。

(注2)労契法20条:有期労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件が、期間の定めのあることにより同一の使用者と期間の定めのない労働契約を締結している労働者の労働契約の内容である労働条件と相違する場合においては、当該労働条件の相違は、労働者の業務の内容及び当該業務に伴う責任の程度(以下この条において「職務の内容」という。)、当該職務の内容及び配置の変更の範囲その他の事情を考慮して、不合理と認められるものであってはならない。

(注3)この労契法20条の条文にある「不合理と認められるものであってはならない(不合理であってはならない)」とは、「合理的と認められるものでなければならない」とは意味が異なる。「合理的と認められること」:当事者間の合意に代替するだけの合理性が認められなければならない、という意味である。/「不合理と認められるものであってはならない」:有期契約労働者の労働条件が、無期契約労働者の労働条件に比し、本条の趣旨に照らして法的に否認すべき内容ないし程度で不公正に低いものであってはならないとの意味と解される(菅野「労働法」第11版、P337)。

3.禁止される「不合理な格差」のガイドライン

(朝日新聞より)

すべての労働条件が対象であるにもかかわらず、「何が不合理か」の判断基準がファジーなために、裁判で判断を求めるなど、いたずらに労使紛争を招くことが懸念されていたが、12月20日、政府の「働き方改革実現会議」は、正社員と非正規社員との待遇格差を是正する「同一労働同一賃金」の実現に向けたガイドライン(指針)案をまとめた(別掲、2016.12.21朝日新聞「ガイドラインが示す『同一労働同一賃金』の例」に要約)。

ガイドラインには法的拘束力はなく、その実効性を持たせるため、政府は関連法を改正しその施行と同時に効力を持つようにするという。「早ければ秋の臨時国会に法案提出は可能だが、現実的には18年秋にずれ込むこともなきにしもあらずだ。それまで、『案』は棚上げになる」(ある官庁幹部)という。

また、この「不合理な差別の立証責任は企業ではなく、労働者が負うこととなり、産業界は最大の防御ポイントを守り切った」(週刊ダイヤモンド1/10号「同一労働同一賃金の政府指針案に産業界が“どこ吹く風„の訳」)。

政府の行う労働法制の「改革」は、あらかじめ実効性が狭められ、「逃げ道」が用意されるなど、私たちは騙されてきた(一連の派遣法改正や裁量労働制の拡大など。とりわけ「2015年問題」(2015.10.1施行)と言われてきた労働者派遣法「40条6:直接雇用みなし」は施行されず、「生涯派遣」を生むこととなった)。

「同一労働同一賃金」実現に向けての法改正も楽観視はできない。仮に改正案が通ったとしても、大手は人材活用とか人事制度上の施策といった「逃げ道」は作れるが、中小は正社員も継続雇用社員も同一の「職務内容」を変えようがない、「逃げ道」は作れない。

ガイドライン(案)で、企業にとってコスト面で影響が大きいのが賞与、業績連動方式の大手では正社員の賞与を減らしても「不利益変更」にならないが、それを協調的な労使が合意できるかどうか、懸念も大きい。

賃金不払い(=賃金泥棒)は「犯罪」である。年金制度と絡ませた「60歳定年後継続雇用」は不払労働(タダ働き)を契約化したもので、パートや派遣などの低賃金労働の搾取以上の悪辣な制度であることに労働組合は気づくべきだ。正社員の60歳定年後の継続雇用は、公的年金や高齢者雇用継続給付金を利用した恩恵的な制度と思われがちだが、企業の賃金コスト縮減に公的年金等が利用され、その公的年金(厚生年金)は労使と国が担っている。企業の「得」は国の「損」、国の「損」は国民(労働者)の「損」といった「ツケ回し」の構図だ。

4.超「貧困・格差社会」はどのようにして出現したのか

日本型長期雇用と年功給(年齢プラス「功=職能」)は表裏の関係にある。日本では、長期雇用慣行のもとで職業能力は会社のなかで培われている。技術進歩や技術革新を担う労働者の技能は、会社で働きながら身につき(OJT)、その蓄積された力は会社のなかで評価される。高度技術社会は、学卒者の内部養成を基本とした長期安定雇用にならざるをえない。しかし、長く評価されてきた「日本型雇用システム」には「光と影」がある。日本型雇用の「影」の部分が「失われた20年」ともいわれるデフレ不況のなかで浮上してきた。「男性中心の正社員中心=専業主婦という家事奴隷化」、「長時間労働」、「過労(自)死」、「女性労働者の差別」、そして「モノを言う労働組合の圧殺=御用組合化」だ。

また、急速な非正規雇用の拡大の背景には、雇用・労働政策の転換が世界的規模で行われた。大戦後の福祉国家・完全雇用政策から新古典派経済学の労働市場論によって立つ雇用政策への転換だ。規制緩和や起業家精神の発揚によって労働力需要を喚起しつつ、労働力の供給側には柔軟性をもたせ、労働力の需給調整に市場メカニズムを活用するといったもので、OECDの雇用戦略(1994年)として発動された。OECDは日本経済に対する審査を行い、具体的な提言を行った(1996年)。

提言は、民間職業紹介と労働派遣事業を拡大すること(人材ビジネスの拡張)と正社員の解雇規制の緩和が主だったが、日本の政財界は「グローバリゼーション」のキャッチ・ワードのもとで、提言を大幅に上回る規制緩和・雇用改革を進めていく(当時、「労働ビッグ・バン」とまで言われた)。その象徴が、日経連の「新時代の日本的経営」(1995年)の雇用ポートフォリオで、今日の非正規雇用という低賃金・有期雇用・間接雇用(派遣・下請)を増やし、正社員と置きかえる「常用代替」のコストパフォーマンスだった(拙著「正義の労働運動ふたたび」所収の「究極のコストパフォーマンス―雇用のない経営」で詳述)。

その結果、非正規率40.5%(2014.10、厚労省「就労形態調査」)、相対的貧困率16.1%(2014.7厚労省「国民生活基礎調査」)、生活保護受給者214.5万人(163.5万世帯、2016.7)、いずれの数値においても戦後最悪の超「貧困・格差社会」・「雇用身分社会」の日本が出現した。

5.労働力商品は、なぜ社会的身分によって価格が違う

労働者の基本的権利の尊重を掲げたILO(国際労働機構)には八つの基本労働条約がある。その一つの111号条約(雇用と職業における差別待遇の禁止)が批准されていない(世界で13か国、G7では日本とアメリカが未批准)。条約を批准すれば、国内法の整備や政策の実効性への責任が伴う。日本では、憲法14条で「すべての国民は法の下に平等であって、人種、信条……により、政治的、経済的、(または)社会的関係において、差別されない」と規定。また、労基法3条で「国籍、信条、または社会的身分を理由とする労働条件の差別の禁止」がうたわれている。

この社会的身分とは「生来の身分」をいう(注4:昭22・9・13発基17号)、判例はこの古色蒼然たる行政解釈にのっとって出され続けてきた。臨時工も「社会的身分」にあたらない(帝倉荷役事件・東京地判昭48・3・20)。パートも経営内身分であり、社会的身分にあたらない、とされてきた(富士重工事件・宇都宮地判昭40.4.15、京都市女性協会事件・大阪高判平21.7.16と続く)。しかし、仕事が同じでも、働く時間が短いこと、経営内の身分だけで差別することの合理性が議論され、労契法(2008年制定、2012年改正)ができても「身分問題」は解決していない。

森岡孝二氏は、「非正規労働者に対する『身分』意識は、その低賃金を正当化し固定化するが、逆にまた、非正規労働者の低賃金そのものが『身分』意識を再生産する。非正規雇用が『身分』意識と結びついて、企業内の『身分』格差が社会的な階層格差にまで押し広げられ、再生産されている点に事態の深刻さがある」(岩波新書、「雇用身分社会」)。また、西谷敏氏は、「労基法3条にいう社会的身分に非正規雇用が含まれるかどうかである。非正規雇用が自らの意思で選択した雇用形態とはいえない場合が圧倒的に多く、またそれが社会的に一種の『身分』として把握されていることを考慮すると、少なくとも私法的側面に関する限り、労基法3条の「社会的身分」に非正規雇用が含まれるとするとの解釈は可能と思われる。……雇用形態差別に関する焦点は、労基法3条、4条(注5)の解釈よりも立法論に移っている」(法律文化社、「労働法の基礎構造」P201)。

(注4)「信条」とは特定の宗教的若しくは政治的信念をいひ、「社会的身分」とは生来の身分例へば部落出身者の如きものをいふこと(ママ)。なお、基発:(厚生)労働省労働基準局長から各都道府県労働局長宛の通達/発基:(厚生)労働省事務次官から各都道府県労働局長宛の通達/基収:各都道府県労働局長からの法令の解釈に疑義についての問い合わせに対する(厚生)労働省労働基準局長による回答。

(注5)70年代初め、労基法4条(男女間差別賃金の禁止)にもとづく、画期的な監督署の是正勧告が相次いだ。三和銀行3億円、立石電機6億円、第一勧銀5億円など(男女同一報酬を定めたILO100号条約を批准した結果、日本は男女賃金格差などで、ILOから是正報告を求められた結果でもあった)。しかし、企業側は4条を潜脱する方法として、昇格・昇進しなければ賃金があがらない人事管理制度を開発した。4条をめぐる法的争いはモグラたたきのようなものだ。民事訴訟では相手(使用者)側に「差別ではない」とする立証責任があり、興味深い労働事件だった。

6.「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」社会実現を!

「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」という言葉を、この期に及んで政府や安倍首相から聞かされることは想定外だった。1985年の労働者派遣法制定に始まる労働法制の新設、改正が、中曽根―小泉―安倍(第一次)政権によって「労働ビッグ・バン」と呼ばれるほどに持続的に行われ、今日の超「貧困・格差社会」、「雇用身分社会」が作り出された。

安倍政権は労働者の味方ではないのか、と思わせるパフォーマンスが先の総選挙以降、続いている。四年続きの「官製春闘」といい、「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」という「目的」提起といい、本来は労働組合が声高に叫ぶべき春闘や改革を、政府が主導するのは異常だ。遂には、「自民党と連合は政策的に一致」(?)とまで当事者同士が確認するに至っている。あのサンケイでも、「西谷敏氏は、安倍政権が働き方改革を進めることに『憲法改正を狙い、労働者の支持を取りつける動機があるのではないか』との疑いも差し挟んだ」(2018.1.4サンケイ「12.3安倍政権の労働政策にどう立ち向かうか」集会の報道記事)と書くほどだ。安倍政権による連合の「取り込み」の狙いの一つに、民進党を「野党共闘」に参加させないこと、「共産党と組ませないこと」にある(これは本稿の主旨から外れるので詳述しない)。

本題の労働政策の改革では、連合幹部は政権にすり寄っているようだが、現在の日本で政・労・使でネオ・コーポラティズム体制(政労使の政策決定調整システム)が構築できるわけがない(注6)。その要件である、集権的な機能システムに連合はない。労働組合としての集権性は極めて弱い。

連合は、①単一の全国組織(頂上団体)を頂点としたヒエラルキーとして組織されていない、②頂上団体の決定から逸脱する下位組織に対して有効な制裁措置をとることができない。③組織率が極端に低い(連合の組織人員は674.9万人、組織率は全雇用者数5665万人の11.9%、全組合員数982.5万人の68.2%である:厚労省「平27年労働組合基礎調査」)。このような連合が、個別労使の団体交渉や国の政策決定過程にコミット(関与)することは大きな期待を持てない。

政府と政策協議にコミットしたいなら、労働組合の本業である非正規労働者の賃上げや組織化にもっと力を入れるべきだ。その取り組み実績と併せて、それこそ連合が、「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」と檄を飛ばせば、非正規2000万のフダ(票)が民進党に集中し、「土井旋風」の再来のような椿事が起こるだろう。

さて、本題の「同一労働同一賃金」の実現に話しを戻そう。日本経団連も「同一価値労働同一賃金の考え方に異を唱える立場ではない」と呼応しているが、よく聞くと、「同一価値労働とは同じ価値の利益を企業にもたらす労働である」という「成果給」と同じ解釈に立ち、ILOの定義(注7)とは明らかに異なっている。しかし、連合が労働条件に格差があってもやむを得ないとして挙げている「合理的理由」の部分と重なり合うところもあるところが悩ましい。「それ(同一労働同一賃金原則の留保要件)は、勤続年数や将来のキャリア展開など、同じ労働でも違いを正当化する『合理的な理由』があれば、賃金に差をつけることが認められる」(水町勇一郎教授・同一労働同一賃金の実現に向けた検討会委員、2016.6.29朝日)。

私の手元にある鉄鋼大手S社の人事資格制度の冊子をみると、そのなかに「従業員区分」「資格区分」の規定説明があり、各人の長期的な育成計画とそれにより会社が期待する人材活用方法に基づいて分類するとうたっている。会社が期待する人材活用の対象には組合専従役員までその対象として含まれていること自体が驚きだ。ほとんどの企業は、職務分析・職務評価の手法も開発せず、評価者教育もやっていない。恣意的に運用されてきた人事管理手法で、正規と非正規社員との待遇格差を正当化するため、新たな「職務区分(従業員区分)」を設け、逆に格差の固定化を進めかねないとの危惧も語られる。

しかしながら、「労働組合として、政府にケチをつけるのは後ろ向きな発想。少しでも内容を前進させ、実効性のある法的規制にする努力が必要だ」との声にもうなずける。「同一労働同一賃金」実現に向けての具体的な取り組み(方法論)について、何点か提起したい。

① 政府が本気で「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」のであれば、雇用形態としてのパートや有期を廃止して、全員、正社員に登用・転換することだ。今後は「パートタイム=短時間労働」はすべての労働者が行う「標準=正規労働」の主要な一つの形態として構成する。日本のパートは就業時間と雇用期間の二つの条件で「非正規」の典型とされているが、パートとフルタイマー、短期間と長期間(あるいは無期)といった常用労働者としての多様な労働形態(雇用形態ではない!)に本人の希望・合意と技術的条件等によって就業するというシステムを社会的・法的制度として確立する。当然、賃金は時間比例を基本とする。

②法改正の「天王山」に向けて、当面、労契法20条関連の訴訟を数多く提起し、権利の拡大を図る。勝つか負けるかわからないから裁判をやらないとなると、権利は目減りしていく一方だ。とはいえ、労働者が決意して一人で訴訟提起するのは大変だから、定年後の継続雇用者(組合員OB)は労働組合の支援を求めることだ。その他一般の非正規労働者は地域のコミュニティ・ユニオンに個人加盟し団交でも「格差解消」を追求し、併せて裁判闘争も行うようにする。

③日本の労働市場は欧米のような横断的な市場ではなく、産業や業種ごとに「同一労働同一賃金」原則を適用するのは難しい。まずは個別企業で働く正規と非正規の間に均等待遇原則を導入し、それを業界全体、そして関連企業や下請けの中小企業にも広げていくといった手順で進めていくしかない(別掲図:日本型「同一労働・同一賃金」(均等待遇)を参照)。

労契法20条の意義として、「有期労働契約と無期労働契約という形で正規・非正規労働者に分断された労働市場の現実に対して、強行的な民事的効力を付与して労働契約関係の是正を企図するものであり、社会改革的規定と評することができる」(菅野「労働法」第11版、P335)との菅野和夫氏の評価や、「我が国から『非正規』という言葉を一掃する」(平成28年12月20日「同一労働同一賃金ガイドライン案」の「目的」)にたがわぬ「実」を上げさせることを求めて、安倍改革と向き合うことが必要だ。

(注6)先進諸国のコーポラティズムの集権度を表す指標は、1位のスウェーデン105に対して日本は最下位のわずか4.8である。―有斐閣、新川敏光他「比較政治経済学」。  

(注7)ILOの同一価値労働とは「同一質量の労働」を言い、①知識・技能、②責任、③精神的・肉体的負荷、④労働環境を職務評価の四大ファクターとして得点要素法で計量化される。ところが、日本の人事考課では、③精神的・肉体的負荷、④労働環境が考課要素からスッポリ抜け落ちている。(2017.1.18記)

かなめ・ひろあき

1944年香川県生まれ。横浜市立大学卒業。総評全国金属労組大阪地方本部に入り、91年金属機械労組大阪地本書記長から99年連合大阪専従副会長。93~03年大阪地方最賃審議会委員。99年~08年大阪府労働委員会労働者委員。著書に『倒産労働運動―大失業時代の生き方、闘い方』(編著・柘植書房)、『大阪社会労働運動史第6巻』(共著・有斐閣)、『正義の労働運動ふたたび』(単著・アットワークス)。

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