この一冊

『冷戦と福祉国家―ヨーロッパ1945~89年』(ハルトムート・ケルブレ著/永岑三千輝監訳、日本経済評論社、2014年)

ヨーロッパ統合の深化と拡大の半世紀

障害者福祉・職業指導員 川島 祐一

本書は、C.H.ベック社のヨーロッパ史叢書全10冊の1冊である。本叢書はドイツを代表する研究者が最新の研究成果に基づき、ヨーロッパ史を国民国家的視覚ではなくヨーロッパ的視覚でコンパクトに通観しようとするものである。第1巻ハルトムート・レッピン『古典期ギリシャ・ローマの遺産』、第2巻ルドルフ・シーファー『キリスト教化と諸王国の形成―ヨーロッパ800~1200』、第3巻ベルント・シュナイデミュラー『境界経験と君主政秩序―ヨーロッパ1200~1500』、第4巻ルイーゼ・ショルン=シュッテ『宗教戦争とヨーロッパの膨張―ヨーロッパ1500~1648』、第5巻ゲッリト・ヴァルター『諸国家の競合と理性―1648~1789』、第6巻アンドレアス・ファールマイアー『諸革命と諸改革―ヨーロッパ1789~1850』、第7巻ヨハネス・パウルマン『グローバルな優越と進歩信仰―ヨーロッパ1850~1914』、第8巻ルッツ・ラファエル『帝国主義の暴力と国民動員―ヨーロッパ1914~1945』、第9巻ハルトムート・ケルブレ『冷戦と福祉国家―ヨーロッパ1945~1989』、第10巻アンドレアス・ヴィルシング『民主主義とグローバル化―1989年以降のヨーロッパ』からなっている。

これらのタイトルが集約的に示しているように、まさに第一次世界大戦勃発100周年記念を迎えようとする時期に、また東ドイツの平和革命・ベルリンの壁崩壊・冷戦終結から二十数年を経た地平で、ヨーロッパ史の総括を試みようとするものである。すなわち、2度の世界大戦という国民国家的激突の負の遺産を克服し、「多様性のなかの統一」・自由と民主主義の基本理念のもとに大小たくさんの国家・国民・民族が幾多の困難を乗り越えて和解・接近・融合を推進し、統合とその拡大を実現してきた今日の到達点から、ヨーロッパ史を総括的に展望しようとしている。

本書の著者ケルブレ教授の学歴・職歴をごく簡単に紹介すると、1959~65年、テュービンゲン大学とベルリン自由大学で歴史、法律、社会学を学び、1966年にベルリン自由大学で博士(歴史学)の学位取得。学位論文のタイトルは、『ドイツ工業家中央連盟 1896~1914』であり、経済史研究が出発点であった。68年~71年、ベルリン自由大学経済社会史研究所助手、のち助教授、71年に社会経済史の教授資格論文『初期工業家の時代のベルリン企業家』をまとめ、同年から東西ドイツ統一までの20年間、ベルリン自由大学社会経済史教授。この間、72~73年にはハーバード大学客員教授、76年、オックスフォード大学客員教授、78~79年パリ大学客員教授などを歴任。またドイツおよびヨーロッパの歴史学会のさまざまのプロジェクト、国際会議などに代表・主要組織者などとしてかかわった。そして、ベルリンの壁の崩壊後、東西ドイツの統一後は、ベルリン・フンボルト大学社会史講座の教授に招聘された。ここでもユルゲン・コッカなどとともにヨーロッパ規模・世界規模の国際会議をしばしば主宰し、国際的な学術交流を積極的に行ってきた。97年にはソルボンヌ(パリ第一)大学から名誉博士号を授与され、2000年には再び同大学客員教授も務めた。02年にはヨーロッパ委員会「文化間ダイアローグ」委員会の議長をつとめ、02年~03年にはヨーロッパ比較史研究所のスポークスマンとなった。フンボルト大学では重点領域研究の代表者として3年間定年が延長され11年まで教授を務めた。

ケルブレ教授は、驚嘆すべき学術的生産力を誇っている。単著の邦訳は3冊目となる。いずれも日本経済評論社から刊行されている。
・『ひとつのヨーロッパへの道―その社会史的考察』(1997年)
・Auf dem Weg zu einer europäischen Gesellschaft,C.H.
・Beck’sche Verlagsbuchhandlung(Oscar Beck),München 1987
・『ヨーロッパ社会史―1945年から現在まで』(2010年)
・Sozialgeschichte Europas: 1945 bis zur Gegenwart,Verlag C.H.Beck,München 2007
・『冷戦と福祉国家―ヨーロッパ1945~89年』(2014年)
・Kalter Krieg und Wohlfahrtsstaat: Europa 1945-1989, Verlag C.H.Beck,München 2011

ここに日本語版序言を引用しておく。「本書で話題にされている大きなテーマ、すなわち、冷戦、1950年から70年代初めまでの長期的な経済ブーム、最近何十年かの経済の諸困難、グローバル化、民主主義と福祉国家の定着と普及、そして労働、家族、消費における徹底的な変化は、ヨーロッパと全く同じように日本にも関係がある。それゆえこの本は、日本の読者に、完全になじみがなくほとんど理解できない別の世界を紹介するのではなく、共通の問題がヨーロッパでは時にはいくぶん違ったふうに解決され、あるいは時には別のやり方で未解決のままになっていることを明らかにしている。」(2013年8月)

本書は、1945年以後のヨーロッパ史を4つの観点から語っている。①政治史を他のたいていの概説ほど強くは中心に押し出さず、社会史、文化史、経済史に同等の重みを与えている。②ヨーロッパ史が全体として何を形成しているのかを問う。③ヨーロッパ内の違い、その拡大とその縮小を際立たせる。④1945年以後のヨーロッパ史ではこれまでほとんどなおざりにされてきたグローバルな文脈。これらの4つの観点が、次の3つの時代を貫いて追跡されている。最初の時代は、①終戦直後の時期、人々の基本的供給が正常化する1950年ころ以前の数年間であり、しかしまた冷戦が始まった時期でもある。その次は、②非常な経済ブームと50年代・60年代の福祉国家と計画国家の絶頂期である。同時に冷戦が最も暑い段階であった。最後は、③1970年代の並はずれた大転換の後の時代である。この時代は市場自由主義の政治的な全盛期であり、第一次世界大戦による中断を経て再生したグローバル化の時代である。しかし失業率が上昇し、社会的な不平等が激しくなった時代であり、70年代後半から80年代初めの、冷戦が再度僭越化した時期でもある。

以上のように、ケルブレ教授のこれまでのお仕事を踏まえた総合的な戦後ヨーロッパ史の概観、という性格のもので、2008年のベルリン大学での最終年度の講義が基礎になっている。内容は密度が濃いが、他方では、高校生や大学生・一般社会人などにも気軽に読んでもらえるような読みやすさ、入門書の側面もある。世界史的大転換のあの1989年がなぜ平和的に進行しえたのか、その問いに答える重要な諸要因が、そして今日のエジプトやウクライナの問題を考える比較素材が本書には盛り込まれているように思える。

目次は、以下の通り。

『冷戦と福祉国家―ヨーロッパ1945~89年』

(日本経済評論社 2014年4月刊、244頁、3500円+税)

  • 序文
  • 日本語序言
  • 序章 1945年ころのヨーロッパ
  • Ⅰ.戦後の時期(1945~49/50年)
    • 第1章 共通の戦後危機と共通の出発
    •  
    • 第2章 戦後の時期の相違
    •  
    • 第3章 戦後の時期のグローバルな文脈のなかのヨーロッパ
  • Ⅱ.繁栄と冷戦(1950~73年)
    • 第4章 繁栄化の新しい共通性
    • 第5章 たくさんの顔をもったヨーロッパ―冷戦下の相違
    •  
    • 第6章 非植民地化の時代のグローバルな文脈のなかのヨーロッパ
  • Ⅲ.繁栄の終焉と選択肢の新しい多様性(1973~89年)
    • 第7章 共通の新しい時代
    • 第8章 相違の減少
    • 第9章 ポストコロニアル時代のグローバルな役割とグローバル化
    • 終章 1989年のヨーロッパ
  • (日本経済評論社 2014年4月刊、244頁、3500円+税)

かわしま・ゆういち

1982年生まれ。高等学校教員、学童保育指導員を経て、現職。著書に、『世界史プレゼンテーション』(共著、社会評論社、2013年)、『技術者倫理を考える』(共著、昭晃堂、2013年)がある。

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