コラム/「沖縄発」

色川大吉さんと「自分史」

出版舎Mugen代表 上間 常道

2014年11月5日、那覇市内のホテルで、「民衆史50年―色川大吉先生を囲む集い―」が山梨学院大学名誉教授の我部政男さんらの呼びかけで開かれた。出席者は約60人で、いずれも色川さんとゆかりのある方々だった。

講演会は午前11時から開かれたが、はじめにジャーナリストの新川明さんが主催者を代表して色川さんから受けた影響に触れられ、「反復帰論」を展開した『琉球処分以後』など自著を執筆するに当たって、苦労して手に入れた色川さんの『明治精神史』から多くのことを学んだことを明らかにされた。

歴史家、思想史家の色川さんは、現在90歳だというのにかくしゃくとしていて、講演も明快だった。

自著『ある昭和史―自分史の試み―』(中央公論社、1975年)を書くに当たってその土地の人々の生き様を実感しておきたいと最初に訪れたのが《沖縄》との出合いであったこと、この本の副題に「自分史」という新語を提唱したさい、編集者から造語は使わないでほしいと変更を迫られたが押し通したこと、このことばには歴史は教科書に載っているような偉人や英傑が生み出すのではなく、声なき声を発している民衆が支え動かしているのだという確信、つまり歴史は「民衆史」として描かれるべきであり、民衆一人ひとりが「自分史」を書くことによってそれは紡がれていくのだという確信が反映していることを述べられた。そしてその確信が、みずからの戦中派としての体験、さらにそれにつづく戦後体験に基づいていることにも触れられ、民衆の底力こそ歴史を動かす力であることを力説され、講演を終えられた。

ひきつづき開かれた懇親会では詩人の川満信一さん、沖縄大学名誉教授の新崎盛暉さん、元沖縄県知事の大田昌秀さん、それに前日の琉球新報ホールでの講演に来沖されていた、色川さんと昵懇の東京大学名誉教授で社会学者である上野千鶴子さんらが、それぞれ色川さんとのかかわりなどについて述べられた。

30冊以上あっただろうか、会場の片隅に並べられた著作物の数の多さに驚かされるとともに、テーマがいずれも民衆史、自分史で一貫していることに、色川さんらしさを感じた。 時間が余ったせいもあり、せっかくだから「民衆の声」も聞かなければならないと思ったに違いない司会の伊佐真一さん(『伊波普猷批判序説』などの著者)の慮りのせいもあったのだろう、私にも一言との声がかかった。

実は学生時代、現代の理論社で雑誌編集のアルバイトをしていたさい、司馬遼太郎かなにかの特集を組み、座談会が企画され、編集委員会で出席者の一人に色川さんの名前が挙がり私が出席要請の事務手続きをしたのが、接触の最初だった。物忘れの激しい年齢に差し掛かった今、その座談会が実際に行われたのかどうかさえあいまいだが、色川さんとの接触を試みたのは確かだった。

沖縄では、『新沖縄文学』41号(1979年)の特集「琉球弧のなかの奄美」で、作家・島尾敏雄さんとの対談「琉球弧の喚起力―日本文化における南島の位置」を行ったとき、編集長の新川さんのわきで編集者として同席したのが最初だった。お二人の発話はそのままテープを起こしてもきちんと整った文章となり、じつにみごとなものだった。 今回以前、最後にお会いしたのは、その『新沖縄文学』終刊号(95号、1995年)で、「『新沖縄文学』を総括する」という特集を編み、タイムスホールでシンポジウムを企画したさい、色川さんに基調報告をお願いしたときだったから、約20年ぶりの再会だった。

私には色川さんから受けた恩が二つある。

ひとつは、奥多摩・秩父の民権運動を研究されるなかで発掘・発見された、明治期の私擬憲法のひとつ五日市憲法である。民衆が憲法を起草するという発想は、「平和憲法である日本国憲法のもとに復帰する」という発想の裏に胡散臭さを感じていた私にとって新鮮な驚きだった。新沖縄文学の編集部を離れ、沖縄大百科事典編集部に移籍してまもなく、新川さんが夜遅く編集部に見えられ、「新沖文向けの何かいい企画はないか」と訊かれたとき、ふと思い浮かんだのが五日市憲法だった。沖縄の民衆が自主憲法を起草する―このイメージは新川さんを中心とする委員会で具体化され、川満信一さんの「琉球共和社会憲法C私(試)案」と仲宗根勇さんの「琉球共和国憲法F私(試)案(部分)」などとして結実した(『新沖縄文学』48号、特集「琉球共和国へのかけ橋」、1981年)。

もうひとつは、YMCA文化教室で「自分史講座」の講師を受け持ち、そのテキストとして『おきなわ版 自分史のすすめ』(1987年)を刊行したことだった。刊行後も折に触れ、自著などでこの本に触れていただいた。

そんなことをつらつら話して降壇し、前席に座っておられたご本人に握手を求めたら、ほほえんで応じてくれた。

うえま・つねみち

東京大学文学部卒。『現代の理論』編集部、河出書房を経て沖縄タイムスに入る。2006年より出版舎Mugenを主宰。

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