この一冊

『アソシエの経済学――共生社会を目指す日本の強みと弱み』(本山美彦著、社会評論社、2014年)

労働者の尊厳を破壊する議論に対抗する共生・協同型社会の思想と仕組み

同志社大学教授 小野塚 佳光

アベノミクスや金融肥大化に疑問を感じ、労働者の尊厳が破壊されていることに強く憤る人、高層ビル群に投資するばかりで、老人たちの孤独死を放置し、コミュニティーの破壊に向かう風潮を逆転したいと願う人が、本書の読者である。

本書は、主に、3つの内容からなっている。①現在の資本主義や各国政府による政策、支配的秩序における人間性の破壊。②秩序の転換と共生社会を目指すESOPや協同組合の試み。③プルードン、J.A.ホブソン、J.S.ミル、J.J.ルソー、I. カント、などの経済思想・哲学、宗教に関する考察。この本の読者は、「経済学」より「アソシエ」について、深く考えると思う。

「精緻化されたがゆえに、経済学だけが文系学問の中で科学だと豪語するようになって久しい。経済学が他の分野から科学として評価されているのか否かは、今は問わない。しかし、少なくとも、経済学が血の通わない干からびた屁理屈をこねるだけの記号屋に堕落してしまったことだけは確かである。干からびた御用学問は、悲惨な労働破壊には何らの痛痒も感じてはいない。昔の経済学は、こうした悲惨な状況からの脱却方法を、懸命に模索していたのに・・・。」(65頁)

資本主義が「金融的拡大」に頼って、ますます「労働者の尊厳」を損なっていく変化は、歴史的に繰り返されてきた。本書も、アメリカ、資本主義、格差、金融、新自由主義、などを批判する。それに対して、多極化、アジア、社会主義、尊厳、もの作り、共生社会、などを称賛する。そして、後者に向けた変化を実現する仕組みが「アソシエ」であり、ESOPや協同組合なのである。

ESOPとは、「従業員持株計画」を意味する(30頁)。この理念は、アメリカ人のルイス・ケルソが提示したものだ。1970年代のアメリカの社会的危機(ベトナム戦争、ニクソン)を克服するため、超党派の政治家のさまざまな思惑から、税の優遇制度とともに広まった。

著者は、この計画をプルードンの「人民銀行」にさかのぼって考察している。プルードンは、1848年のフランス2月革命が政治革命に偏ったものであり、「政治革命は権力の担い手の交代に過ぎず、権力そのものの変革ではない」と批判した(44頁)。貨幣が商品に対して持つ優位、これを「貨幣の王権」と呼び、「人民銀行」によって人間の「統合力」を取り戻そうとした。「人間相互の同等性を社会組織の中に実現していくこと」、すなわち、「相互主義」に依拠した社会を求めた(45頁)。「協同組合的なもの」になった「人民銀行」によって、労働者も「中産階級になれる」。プルードンは、「人民の自己統治能力への信頼」によって、それを肯定的にとらえた。(47頁)

ケルソのESOPは、アメリカが独自に抱いたマルクスの理想であった。「彼(ケルソ)によれば、マルクスは、資本の巨大な生産力・技術革新力を認識していた」。だからこそ、「強大な資本が多くの企業や人々を収奪し、彼らから所有を奪い、そのことによって、社会は危機に陥れられている」。したがって、「少数の資本家に集中している資本の私有権を奪い、労働者のものにしてしまえば、社会革命は成功する、と考えた。」(138頁)

労資の対話が非常に発達している日本では、ESOPの意味が異なってくる、と著者は注意する。ESOPを自社株の大量購入による株価対策や企業買収の防衛策としてだけ称揚することも、アベノミクスの「第3の矢」として「正社員の見直し」、「解雇ルール」の明確化、を唱えるのも間違いだ。

日本企業の強みを制度として守り、育てることによって、資本主義の悲惨さを克服することができる。「企業とは、多様なステーク・ホルダーの集合体であり、多様なステーク・ホルダーが織りなす共同社会を維持・発展させることが企業の社会的責任である。」(99頁)「日本の強みは、職場における人間関係の良好さにあったはずである。」(124頁)「イノベーションに向けられるべき社会的余剰資源を社会的に作り出すことに、労働者のアソシエーションが貢献できるようにする。」(127頁)

本書が描く理想はその先にある。P.プルードン、J.A.ホブソン、J.ラスキン、J.S.ミル、J.J.ルソー、I.カント、旧約聖書、これらに共通するのは、「個」に限定された「理性」を超える、「共同社会」に向かう「美徳」、「高尚な精神」である。「理論と実践との中間項にアソシエとしての契約がある」(249頁)と著者は主張する。「ワーカーズ・コープ」、「白川村」、「技術革新」など、わたしたちの関係が再編されることで、社会の集合的な力がよみがえる。

「資本は個人的な力ではなく、社会的な力である。資本が個人の所有から共同の占有に変わるとき、所有はその階級的な性格を失うとマルクスは言い放った。」(158頁)

「社会全体が競争型から共生・協同型にシステムの転換を迫られている時代の認識を共有することこそが、現在の苦境を克服できる正確な道である。」(205頁)

おのづか・よしみつ

1959年生まれ。同志社大学経済学部教授。専門は国際政治経済学。著書に、『グローバリゼーションを生きるー国際政治経済学と想像力』(萌書房、2007年)、編訳『国際通貨制度の選択―東アジア通貨圏の可能性』(J.ウイリアムソン著、岩波書店、2006年)、『平和を勝ち取るーアメリカはどのように戦後秩序を築いたか』 (J.ラギー著、前田幸男と共訳、岩波書店、2009年)など。

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