特集●安倍政治の黄昏と沖縄

「安倍一強」神話の解体に向けて

数字が示す-現行選挙制度でも野党結集で対抗は可能

首都大学東京教授 堀江 孝司

1.はじめに――異常さを認識することから

自民党総裁選で安倍晋三首相が3選を果たした。任期は2021年までの3年間で、最後まで勤めれば、首相在任期間は憲政史上最長となる。3選後、安倍は早速、宿願の憲法改正に意欲を示し、護憲勢力は警戒を強めている。ただ筆者には、現状が既に憲法が変わるよりも、はるかにひどいものになっているのではないか、という思いもある。

憲法の解釈を政権が勝手に変える。政権に都合が悪いと、野党の要求も憲法の規定も無視して国会がなかなか開かれない。首相の妻や友人が関係する学校法人が、行政から特別扱いを受ける。そのことを隠そうとして、国会での虚偽答弁や公文書の改ざんが行われる。改ざんを行った官僚は誰一人として起訴されない。所管の大臣すら辞任しない。首相に近いジャーナリストはレイプで告発され、逮捕状まで出たのに逮捕されない。被害を訴えている女性の声は、海外メディアでしばしば報道されているのに、国内メディアで聞くことはできない。官僚を辞めた一私人に過ぎない人が、首相に都合の悪い証言をする直前に、出会い系バーに行ったという記事が、最大発行部数を誇る新聞の一面に載る・・・。

こんな世の中にしたくないから、護憲派と呼ばれる人びとは、長年「憲法を守れ」といってきたのではないだろうか。こんな世の中にもうなってしまっていることを、我々はもっと深刻に受け止めなければならないと思う。もはや、何とか憲法さえ守れれば、という段階はとっくに過ぎている。もっと根本的な、社会の底が抜けたような事態を、我々は目にしている。だが、異常なことに慣れすぎて、我々は鈍感になっているのではないか。

国会での政府答弁や、公文書に書かれていることが、ウソかもしれないということが、重く受け止められているように見えないことに驚愕する。そのことで政権がひっくり返るどころか、一時的に下がった内閣支持率はすぐに持ち直す。少なくとも、底割れはしない。

安倍政権は、「土人」が差別用語に当たるかどうか「一義的に述べることは困難」という答弁書(2016年11月)や、「そもそも」には、「基本的には」という意味もあるという答弁書(2017年5月)を閣議決定した。社会の底が抜けたばかりか、日本語まで破壊されているのではないかと危惧する。

政治や行政への信頼は、地に落ちている。首相が、「真摯に丁寧に説明して参ります」と何度いっても、今度は説明してくれると思う人はいないだろう。カジノを含む統合型リゾートを各地の自治体が誘致しているが、今後どこに決まったとしても、公正な審査の結果だと思わない人が多数派ではないだろうか。国家戦略特区で、首相の親友を選んでしまったツケは、相当に大きいと見なければならない。

安倍政権が終わり、次にまともな政権ができたとしても、政治や行政に対する信頼が回復するのには、途方もなく長い時間がかかるだろう。たかだか数年しか続かない政権への忖度から、吏道を踏み外した人びとは、一体どうやって責任を取るつもりだろうか。

問題は、もはや安倍政権にあるというよりは、このような政権を長続きさせている私たちの社会にあるのかもしれない。私たちの社会は、なぜかくも長く「安倍一強」といわれる状況を許しているのだろうか。

2.「安倍一強」とは

「安倍一強」というよく耳にする表現は、自民党内での安倍の圧倒的優位という意味と、野党に対して自公両党が圧倒的な議席をもっている、という意味にわけて考えることができる。しかし、この両者は連動してもいる。自民党内での安倍の強さは、野党に取って代わられる心配がないということと無関係ではないからである。

しばしば、小選挙区を中心とした選挙制度では、公認権を握る執行部に権限が集中するから、自民党内から安倍への異論が出ないといった説明がなされる。それは間違いではないが、話の半分でしかない。選挙制度改革以降も、森喜朗や麻生太郎など、不人気な政権の末期には、この首相では選挙を戦えないという声が党内から噴出した。他ならぬ安倍自身、第一次政権の末期には辞任論にさらされた。

社会の底が抜けたようなこの状況でなお、総裁選でほとんどの派閥が安倍を支持したのは、安倍が政権に復帰した2012年衆院選以来、国政選挙で5連勝し、内閣支持率も高水準を維持し、下がっても、退陣をさせなければならないほど低くはならないからである。

相手が圧倒的に強いと見ると、人は対応を変える。すり寄った方がいいと判断する場合もあるだろうし、リスクの高い無謀な戦いを挑もうと考える人もいるだろう。

連合は一時、高度プロフェッショナル制度の容認に踏み切ろうとして、抗議デモの襲来を受けるという、労働組合にあるまじき恥をさらした。当分、安倍一強は揺るがないと見て、自民党と交渉するしかないと判断したためだろう。

前原誠司民進党代表は、2017年の衆院選を前に、最大野党をそっくり無償で他党に献上するという前代未聞の奇策に出た。まともなことをしていては、勝てないと思ったのかもしれない。驚くべきことに前原は、献上先の小池百合子東京都知事から、一筆も、何の言質も取っていなかったので、「全員で新党に移れる」「民進党の政策はそのまま」などの説明を信じた仲間たちを、結果として騙したことになる。小池に「排除」された人たちから生まれた立憲民主党は予想外の健闘を見せたが、いかんせん時間が足りず、安倍は漁夫の利を得た。

強い者にプレミアムをつけて大勝させる仕組みは、小選挙区制だけでなく、私たちの心の中にも潜んでいるのかもしれない。「一強」と思われていることが相手の腰砕けを生み、「一強」を強化する。「安倍一強」という認識を書き換えなければ、安倍政権を終わらせることはできない。筆者は、精神論をぶっているわけではない。勝ち馬に乗る人びとや、長いものに巻かれる人びとの行動が変わらなければ、政治の方向性を変えることは難しい。

3.「安倍一強」の実像

野党の支持率が上がらないことや、自公両党が選挙に勝ち続け、野党を大きく引き離す議席を保持してきたことから、「安倍一強」は自明に思われるかもしれないが、詳しく検討すると、様相は異なる。

例えば、国政選挙の比例区における自民党の得票数は、2012年衆院選1662万票、2013年参院選1846万票、2014年衆院選1766万票と、いずれも自民党が民主党に惨敗した2009年衆院選の1881万票を下回っている。2016年参院選では2011万票を獲得したが、2017年の衆院選では1854万票と、また2009年衆院選を下回った。そして、2017年選挙の比例区で立憲民主党(1107万票)と希望の党(966万票)が得た票を足すと、自民党より200万票以上も多い。国政選挙5連勝で、安倍首相は選挙に強いということになっているが、安倍自民党に票を投じている人は、存外多くはないことを確認しておきたい。

2017年衆院選の小選挙区では、226選挙区が野党分裂型となり結果は与党183勝、野党43勝だった。だが、与野党一騎打ち型の57選挙区では、与党39勝、野党18勝と、分裂型に比べ野党側が善戦した。立憲、希望、共産、社民、野党系無所属の候補の得票を合算すると、「野党分裂型」226選挙区のうち63選挙区で勝敗が入れ替わり、与党120勝、野党106勝となる(朝日 2017年10月24日)。与野党の大きな議席差は、野党候補の分立、小選挙区制を中心とした選挙制度(参院選でも、1人区がカギを握る)、組織票が物をいう低投票率などによってもたらされている面が大きい。

だが安倍政権は長期間、高い内閣支持率を維持してきた。そこで、次に世論調査について考えよう。筆者は2014年と2017年に、安倍政権についてのそれまでの世論の動向をまとめたことがある(堀江2014; 2017)。ポイントは、以下のようなものである。①安倍政権の支持率は、過去の政権と比べ例外的に高い、②ただ、安倍こだわりの「戦後レジーム」関連の政策(改憲・安全保障など)への支持は高くない、③アベノミクスと呼ばれる経済政策への期待や支持は高い。だが、景気回復の「実感」がある人は少ない、④支持の理由は「他よりよさそう」が多い、⑤民主党(民進党)への忌避感が強い。

その後、変わった点や、つけ加えるべき点もある。在任期間をさらに延ばしているが、調査によってはまだ四割台から五割台の支持があり、支持率はなお高いといえる。また異例なのは、一度下がった支持率が盛り返すことである。政権が何度も倒れなければおかしいほどの不祥事やスキャンダルが起きても、支持は底割れしない。筆者が把握する限り、2018年4月の日本テレビの調査で26.7%まで下がったことがあるが、三割を切ることはまずない。日テレ調査も、翌月には32.4%まで戻した。

それでもかつてに比べ下がっていることは間違いないし、何より不支持が支持を上回ることがしばしばある。自衛隊日報問題や森友・加計問題、さらには共謀罪法案審議における金田勝年法相の支離滅裂な答弁などがあっても、持ちこたえていた内閣支持率は、2017年7月の東京都議会議員選の小池新党ブームから急落し、以来、支持と不支持が抜きつ抜かれつしている。それまでは、2015年の安保法制で不支持が支持を上回ったことがあるが、その後、政権は支持の回復に成功していた。支持と不支持が度々入れ替わる昨年来の傾向は、初めての現象である()。

安倍内閣の支持率・不支持率の推移

(注)NHK放送文化研究所「政治意識月例調査」(https://www.nhk.or.jp/bunken/research/yoron/political/2018.html)より作成。
グラフが切れているのは、2017年4月から調査方法が変わったため。

個別の政策への支持を見ると、「戦後レジーム」関連だけではなく、例えば原発など、政権の重要政策の中には、不人気なものも多い。2018年の通常国会についていうと、政権が同国会を「働き方改革国会」と銘打ったにもかかわらず、働き方改革関連法案は、焦点だった高度プロフェッショナル制度に反対が多かっただけでなく、法案自体も人気が出ぬまま採決が強行された。カジノ法案も、参院6増法案も不人気なまま、強行採決された。

注目すべきは、もはやアベノミクスへの期待や評価も高いとはいえない点である。朝日新聞の2016年2月の調査では、安倍首相の経済政策による日本経済の成長に「期待できない」が49%と、第二次政権発足以来、最も高かった(「期待できる」32%)。2013年4月の「期待できる」55%、「期待できない」26%から逆転した格好である。直近でも、安倍首相の経済政策を「評価する」(40%)は、「評価しない」(44%)を下回っている(朝日 2018年8月。以下、調査結果のみを示す場合は、主体と調査年月のみ記す)。「官製相場」といわれることもいとわず、あらゆる手段で株を買い支え、企業減税も繰り返してきた安倍政権には、企業や株主の支持があり、就職を控えた大学生を中心に、若年層の支持が高い。経済政策の継続に期待する層はある。だが、その範囲は狭まってきている。

4.「他よりまし」と「安定感」「実行力」――いまだ参照される民主党政権

では、安倍内閣を支持すると答える人びとは、何を支持しているのか。内閣を支持する理由として、「これまでの内閣よりよい」(読売新聞)、「ほかの内閣より良さそう」(NHK)などの選択肢がある調査では、それが常に1位である。朝日新聞の調査では「政策の面」が多かったが、2016年7月に「他よりよさそう」という選択肢が登場すると、常にほぼ半数がそれを選んでいる。こうした選択肢を含まない日本経済新聞調査では、一番多い理由は、「安定感がある」である。NHK調査では、「ほかの内閣より良さそう」に続く2位は「実行力があるから」である。何をやるかより、どうやるか、上手くやれるかが評価されている面がある。これは、民主党政権の手際の悪さと関係していそうである。

やや古いが、野党に政権を任せられる政党が「ある」が8%、「ない」は78%で(朝日2014年12月)、「政権を担当する能力」(10点満点)は、自民党6.1点、民主党は3.7点であった(読売 2015年7-8月)。政権を担当できるのは自民党だけだと思われている。数年を経ても、野党の政権担当能力についての認識が改まったと思える兆候は見当たらない。

日経調査で第二次政権発足から5年7カ月間の衆院の野党第1党(民主、民進、立憲民主の各党)の支持率の平均は8.7%で、71回の調査の約七割で支持率は1桁だった。同紙が調査を始めた1987年以降、5年以上も野党第1党の支持率が10%前後だった例はなく、歴史的低水準である。2000年代には、自民党の支持率が下がると、それが民主党支持に向かったが、今は無党派層が増える。第二次安倍政権発足以降、自民党が5ポイント以上支持率を下げた8回のうち野党第1党が支持率を上げたのは2回で、8回のうち7回は無党派層が増えた。

「自民党と野党」より「自民党と無党派」が連動するので、自民党の選対委員長経験者は「政党支持率を見るときは野党ではなく『支持政党なし』の動きに注目している」と語る(日経2018年8月22日)。政権に復帰して何年も経つ安倍が、民主党政権の失敗をあげつらうのをいまだにやめないのは、それなりに効き目があるという判断なのだろう。有権者に野党のダメさを印象づけることに成功すれば、「代わりはいない」「他よりまし」という消極的支持を得られる。

森友学園や加計学園の問題について、安倍首相のこれまでの説明に、「納得している」17%、「納得していない」77%という調査で、内閣支持率が45%もある(読売 2018年7月)のは、支持している人も、首相に正直さやクリーンさなど期待していないからだろう。ダーティでも、嘘つきでも、お友だち優遇でも、「安定感」と「実行力」がある方が、内輪もめばかりで安定せず、実行力がない素人集団の民主党政権より安心して見ていられる、といったところだろうか。

安倍内閣を支持しない理由として、「人柄が信頼できない」という選択肢がある調査ではそれが1位だが、支持するという人びとも、別に安倍を立派な人だとは思っていないだろう。「私たちの代表」というよりは、「プロにお任せ」といった、政治のことなど考えたくもない消費者化した有権者には、説明はしないが任せて下さいという政権が、ちょうどよいのかもしれない。

安倍政権は、「女性活躍」「地方創生」「一億総活躍」「働き方改革」「生産性革命」と、次々に新キャッチフレーズを打ち上げ、報道させる手法を取ってきた。新しいことを次々に発信し続け、成果を検証される前に次の話題を提供すれば、メディアの批判を避けられるとの指摘もある(中野 2016: 90-91)。全国紙5紙で「アベノミクス」の登場頻度と内閣支持率は相関しており(日経 2015年8月31日)、社会・経済政策を発信し続け、報道させられれば、景気回復の実感はない人にも、「やってる感」(御厨貴)を伝えることはできる。

自民党の支持率が高いことも、安倍政権を支えている。当初、自民党支持者以外からも支持を得ていた安倍政権は、それを徐々に減らしてきたが、内閣支持率が高止まっているのは自民党支持率が高いからだということが指摘されてきた(菅原2016)。もちろんこれも、野党の人気がないということの裏返しである。

5.1対1の選挙へ

こうしてみると、安倍政権への支持が積極的なものとはいえない一方で、野党の行く手にも困難が多いように見える。ただ、実際に自民党に票を投じている人が多くないことや、内閣支持率と不支持率が頻繁に入れ替わる昨年来の状況は、これまで複数の野党に分散してきた票や、政権に不満をもちつつも棄権をしてきた人びとの票が集まる受け皿があれば、これまでとは全く異なる結果を生み出すことも可能であるということを、示唆しているように思われる。

ここからはむしろ、支持率/不支持率それ自体の問題というよりも、それをどう選挙結果に結びつけるかという問題である。多くの有権者が、モリカケ問題は終わっていないと思っていようが、首相の人柄が信頼できないと思っていようが、今の選挙制度の下では、野党の一本化さえ阻止すれば、自公優位は動かない。

野党がばらばらに戦った2013年の参院選では、当時31あった1人区で野党は2議席しか取れなかった。だが2016年の参院選で、32の全1人区で候補者を一本化した結果、11選挙区で野党候補が勝利した。それでもまだ与党が勝ち越しているが、2016年は安倍政権の支持率が高かったことを考慮に入れるべきである。支持と不支持が接近し、明確な不支持層が顕在化してきた中で、1対1の選挙に持ち込める政権批判の受け皿があれば、安倍にとってはかつてない脅威となるだろう。

臨時国会召集を前に、野党6党は安倍政権に連携して対峙する方針で一致した。また、来年の参院選での協力にも大筋で合意したと伝えられている。それでも昨年、選挙直前に最大野党が一瞬にして消えてなくなるマジックを見せられた今では、「一強」の幻想に怯えた野党議員がまた妙なことを始めないか、懸念は尽きない。小池にかつての勢いはないが、例えば政界復帰の噂が絶えない橋下徹が再登場したとき、野党勢力の中に動揺は生じないだろうか。

政権側が、野党間の意見の違いを顕在化させるようなテーマをアジェンダ化してくることも予想される。「一強」に怯えた野党が腰砕けにならないよう、共闘を後押しする有権者の監視が必要だろう。

【引用文献】

・菅原琢(2016)「安倍内閣は支持されているのか――内閣支持率を分析する」中野晃一編『徹底検証安倍政治』岩波書店。

・中野晃一(2016)『つながり、変える私たちの立憲政治』大月書店。

・堀江孝司(2014)「安倍政権 受け皿不在の強さ:世論調査に見る安倍支持の実相を読み解く」『現代の理論DIGITAL』第2号。

・堀江孝司(2017)「安倍内閣をめぐる世論の動向と野党」『労働調査』第566号。

ほりえ・たかし

1968年生まれ。首都大学東京人文科学研究科教授(政治学・福祉国家論)。『現代政治と女性政策』勁草書房、2005年、『模索する政治──代表制民主主義と福祉国家のゆくえ』(共編著)ナカニシヤ出版、2011年、『脱原発の比較政治学』(共編著)法政大学出版局、2014年ほか。

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