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特集 次の時代 次の思考

脱原発で産業構造転換-成長をめざせ!

慶應大学教授・金子勝さんに聞く

――聞き手・編集部



世界経済と日本――アベノリスクが見える

無責任体制で日本の産業はボロボロ、「失われた30年」か

エネルギー転換から成長戦略を描け

思想の座標軸を組みかえよう



世界経済と日本――アベノリスクが見える

――まず、世界経済の動きとその中で日本がどうなっているか、お聞きします。

金子 リーマンショック後の世界経済は、欧州中央銀行は0.25%の金利がわずかに残っていますが、アメリカFRBも日銀もゼロ金利状態で、猛烈な金融緩和をやっている。じゃぶじゃぶの状態です。そしてそれを異常だと思わない。つまりバブルの崩壊を本格的に処理することができなかったので、結局、中央銀行の金融緩和でもう1回バブルを生み出していくという路線に突き進んだのです。

アメリカでは、リーマンショックの兆候というか本格的な景気後退は2007年末くらいからですから、すでに6年超経っているわけです。かつて大恐慌で雇用が底打ちして回復するにはおよそ4年かかった。それをこえているけれど、経済指標は底打ちしたもののまだ出口は見えていません。この間、FRBは毎月850億ドルの証券を買ってきたが、そのうち400億ドルが住宅ローン担保証券。いまFRBの資産は4兆ドルをこえています。つまり400兆円の金融緩和をやってきたに等しい状態。この異常な政策で、景気が底打ちしただけで、緩和マネーで株価が異常に上がっている。住宅ローンの担保証券を直接、中央銀行が毎月、4兆円も買ってくれるから、住宅市場がある程度持ち直してきたけど、プロ同士の取引で一般庶民が買っているわけではない。

これはバブル気味で危ないと、FRBが緩和縮小に動き始めたけれど、結果がかなり微妙です。財政赤字と貿易赤字がひどい新興国では、通貨が暴落するということが起きています。ブラジルやアルゼンチン、トルコ、インドネシア――こういうところが猛烈な落ち方をしている。ということで、実は異常な金融緩和政策はなかなか出口がない。緩和した結果、先進国は、資産市場は回復したが、同時に、この緩和マネーは、世界中をかけめぐって、新興国へ流れ込んでいる。緩和の縮小をしたとたんに、資金を引き揚げることになるので、非常に不安定な状況がまだ続いているのです。

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そういう中で、軍事的な緊張が、非常に強まっている。ウクライナしかり、シリアもある。東西の狭間になっているような国々で、旧冷戦を思わせるような、ある種不思議な構造が出てきている。なんとなく1930年代の大恐慌とそのあとの時代によく似た状態になっている。そして中韓との間の問題も日本にとってのリスクになっている。

結局、安倍政権に対する期待は、株高ですね。アベノミクスといわれるものは、安倍さんがやっているというより、このアメリカの膨大な緩和マネーが安倍政権になったとたんに、株価のつり上げに入って、外国人投資家が猛烈に入ってきた、ということです。

それで、バブル循環――80年代後半の不動産バブル、90年代後半のITバブル、2000年代後半の住宅バブル、というふうに、世界はバブル循環で動くようになっていて、ちょうど底打ちして上がる局面にいまいる。しかし、いまいったように、FRBはなかなか金融緩和政策から抜けられない中で、日本の株価も毎日、200円、300円上下するのが当たり前というような状態に入ってきています。

その理由の一つは、国際情勢の中で、中国とことを構えることに対して、非常に批判的な論調が、外国メディア中心に広がっていることです。このまま突っ込んでいくと勢力圏争いになって、RCEPやTPPなどのように、あらゆる地域で経済圏の囲い込み合戦が激しく起きる。ウクライナもその意味ではロシア対EUの囲い込み合戦の、いわば最前線ですね。そういう国々で衝突が起きるようになってから、世界のメディアはそういう軍事的緊張を高めるようなことに対して非常に批判的になってきた。

アベノミクスは第一の矢の金融緩和と第二の矢の財政出動。ところが第三の矢がはっきりしない。肝心の電力システム改革は曖昧で、失敗した小泉「構造改革」の焼き直しの政策ばかりです。そこに、安倍がナショナリズムを煽るような言説を非常に強めてしまったので、今度はアベノミクスに対する海外の批判が非常に強く出るようになってきている。

マネタリーベース138兆から270兆という異例の金融緩和は、いま日銀内の銀行の預金勘定に110兆円も無駄積みになっている状況なので、本当の意味で景気をどこまで押し上げているのか非常に怪しい。ただ、住宅や株価をつり上げるのに、ある種の心理的な効果はあるわけです。

もう一つの財政出動により、また一定の円安が起きているので、確かに建設業や自動車産業や不動産業などでは景気はかなり良くなっているけれど、それ以外への波及が非常に弱いのです。とりわけ中小企業は円安で原料高になっているので、国内の需要が、輸入物価の上昇だけで、所得がなかなか上がらないから伸びない。官製春闘といって賃上げがあるようだが、あれはほとんど経団連企業だけが回している。それが及ばないので、内需向けの下請・中小企業は非常に厳しい状態です。景気の波及がゆるやかすぎて実感がつかめないという状況が続いている。

そういう中で、財政や金融がとても危ない状況。GDPの2倍の財政赤字などというのは第二次大戦中以来のことですから。それほど異様になっている。金融緩和の量も考えられないほどでしょう。これだけやれば、ある程度景気が刺激される。先述のように、緩和マネーで、株や不動産は多少上がっている。財政出動で建設、不動産等中心に一定上がってはきている。しかしその幅というか、波及の範囲が非常に狭いというのが本当のところだと思います。

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それで、私が思うに、安倍さんはしっかりした第三の矢を打ち出せば良かったんですけれど、ろくなものが出てこない。たとえば原発再稼働に対しては非常に批判が強く、再エネや畜エネや省エネ、とくにスマート化で産業をつくっていかなくてはいけないのに――そういうふうに世界中が動いているわけですが――電力システム改革を先送りして、原発再稼働に入ってしまった。消費税を上げて、一方で法人税減税。こういう政策が繰り返されて財政機能をどんどん弱くしてしまって、さしたる効果が出てこない。

それから国家戦略特区の問題。特区構想というのも、実は小泉時代にさんざんやって、たいした効果を上げてない。たとえば混合診療の拡大とか医療ツーリズムとか農地の集積とか、既得権益と称する医療や農業の分野をねらい打ちしたような、ほとんどそういう中身になっている。バブル志向で年金基金を株に運用させるというのも小泉時代にやったこと。だからほとんど焼き直しで、これではダメなわけです。

こういうメッセージを送ると金融業界は喜ぶ。とくに外資系は「アメリカと非常に似た政策だ」との捉え方をして。で、「外国人投資家を呼び込む」としょっちゅう言っているように株高を実現させればいい、株高になれば内閣支持率が上がる、となる。つまり安倍の目的は、経済がほんとうに良くなることを目指すよりは、そこにある。浮かれ気分をつくり出している間に、彼の本当にやりたい憲法改正へ突き進みたいということでしょう。

象徴的だったのがダボス会議です。彼は、おざなりな第三の矢の説明をして、中国の軍事的脅威を強調して、BBCのインタビューに対しては、「日中の関係は第二次大戦時の英独関係」と、つまりは戦争もありうるという意味の発言をしてしまう。ということで、「アベノリスク」というのを投資家さえ強く意識するようになってきた。もし衝突でも起きようものなら、ものすごくリスクが拡大してしまうので、そこのところが、非常に大きな問題になってきている、というふうに思っています。

結局、これらの一連の動き――2014年に入ってから、それまで一方的に買い越しになっていた外国人投資家が、しばしば売り越しになってきた。たまたまNISA(少額の株式の非課税制度、100万円まで非課税)が入って、これにつられて1.6兆円くらいの個人の投資が増えている。これでカバーしているのが実態で、むしろ外国人投資家は腰が引け始めている。これがいまのアベノミクスの、不安定な状況の背後にあることです。

アメリカはこの第三の矢に絡めて、軍事的なものを強調するやり方に対して非常に警戒している。今度の4年ごとの国防計画見直しに見られるように、財政赤字がひどくて、軍隊を結局、縮小しなくてはいけなくなっている。で、同盟国に負担させたいが、対中戦略といっても、アメリカは中国とことを構える気はさらさらない。アフガン戦争、イラク戦争で財政は冷え冷えしていて、債務上限の壁に突き当たるたびに野党ともめて、行政機関も麻痺するような状況の中で、たとえば日中が尖閣諸島で不測の事態で衝突するとなっても、自制を呼びかけるだけで、おそらく介入はできない。介入してしまうと猛烈な財政赤字になって、アメリカも政権の首が回らない状態に入ってしまう。だから「村山談話、河野談話の見直しをやめろ」とアメリカが圧力を加えたり、「靖国参拝やめろ」と圧力を加えるという、ちょっとかつてとは違った状況に入ってきている。

一方で局地的な意味でも勢力圏争いで衝突を避けたいというアメリカ側の実状に対して、他方で国内があまりよくない国ほどナショナリズムに依存することになり、中国経済もちょっとよろよろし始めている。結局、みんな安易にナショナリズムに寄りかかろうとする政治が生まれてきている。この両者の対抗が、いま言った世界経済や世界政治との絡みで、綱引きのようになって、緊張感あるこういう状況が生まれてしまっている――というのが、いまのところの状況だと思います。

日本に対しては、第二次大戦後の秩序を壊そうとしているのではないかとの懸念が生まれ、安倍はなにをしでかすか分からないと、そういう状況に対する国際的な懸念が広がっているというのが現状。だから安倍の経済政策、アベノミクスに対する評価は急速に失速し始めているというのがいまの状況でしょう。

無責任体制で日本の産業はボロボロ、「失われた30年」か

――すると、経済の運営そのものがおかしくなって壊れていくというようなところへ、一気に行く可能性があるということでしょうか。

金子 一気にはいかない。ちょうど小泉時代に、国際競争力がガタガタに落ちたのと同じように、表面上の財政赤字出動による一定の業界での業績改善があって、株が上がったり円安になるだけで、表面上の大企業の企業収益が上がるわけです。ところが本体の競争力は落ちて、それが隠れてしまう。小泉時代は120円台くらいの円安に行くし、株も1万6000円から7000円に到達するような勢いだったので、そういう現象が起きた。その間に企業の収益はものすごく膨らむ。だけど、それはあぶく銭だから――あぶく銭というか本業で稼いだお金じゃないので、賃金に配分されない。株主には若干配当が増えるものの、あとは、結局、内部留保に流れてしまう。そういうことが小泉時代に起きたわけです。

そこでスパコンとかカーナビとか半導体とか液晶パネル、液晶テレビとか、携帯音楽プレーヤーとか、次々と日本製品が独壇場だった領域で、全部国際的にはシェアが落ちてしまう。あのとき、韓国がDRAMメモリーの半導体をつくりはじめて、デジタル化が猛烈に進むと、基板の上にすべて乗るので、日本のアナログ時代にあった、多数の品質のいい部品をサプライチェーンですり合わせながら、非常にきれいに組み立てて高品質なものをつくるという競争力上の優位が失われた。組立てが簡単になって、労賃が安い海外へどんどん生産シフトが進んでしまった。

その一方、アメリカで1990年代の後半に、情報スーパーハイウェイ構想で、スーパーコンピュータがベクター型からスカラー型に大きくシフトした。スカラー型というのは、黒いボックスが並列に並んでいるようなもので、要するにクラウドの並列処理が可能になり、大容量化し、小型化し、高速化したために、ICT技術が猛烈に発達してくる。日本はこの領域で決定的に――90年代後半から小泉政権にかけて――遅れてしまう。象徴的なのは、アメリカはgoogle、Amazonから金融機関までがスパコンでホストコンピューターに結びついているし、ヒトゲノムを読んで薬をつくるゲノム創薬も、そうなってきている。スマートグリッドや発電所から住宅、工場を含めてICT技術による効率化を進めようとする。それが基本的にこれからの技術の展開ですが、日本はどんどん遅れてしまう。

アメリカはとくに軍隊でそれが著しい。海軍は基地、その他全エネルギーの5割を2020年までに再生エネルギーにしてしまうとか、陸軍はスマート化による省エネと再生エネルギーで、ネットゼロの基地を次々とつくるというようなところに大きくシフトしている。

こういう流れの中で日本が原発をやるというのは、なんとなく第二次大戦中の戦艦大和路線、大艦巨砲主義みたいで、まるでピントがぼけています。産業戦略として電力システム改革を急がなくてはいけないのですが、原発が不良債権化しているので、電力会社は動きがとれない。ここで発送電分離をやれば、発電会社がかなりつぶれる。原発を廃炉にするにしても、減価償却が終わっていない残存簿価が大きいので、やはりつぶれる。そこで経産省は廃炉の費用を電力料金に上乗せしていいとの省令改正をやるようになっているわけです。

東京電力は実質上つぶれている。8兆円弱の借金、さらに2兆円分借金し、そして1兆円の公的資金に加えて、原子力損害賠償支援機構からの支援公金の枠を5兆円から9兆円にする。どうみたって返せないですよ。公的資金を徐々に与えながら無理矢理ゾンビ企業を生き延びさせている状態です。日本原電ももうつぶれている。原発3基で、敦賀は活断層、東海第二は老朽、それに被災している。日本原電も東電もつぶれているにもかかわらず、結局なにも手を打てないでズルズル先送りにしている。責任を問わないで公的資金を小出しで投入するという姿は、1990年代そっくり。不良債権処理から東京電力、福島第一原発にいたるまで、誰も責任をとらないので、産業構造の転換が本当にできないわけです。既得権益と言うが、既得権益のど真ん中が経団連になっているというのが実態で、それが新しい産業へのシフトというか、第三の矢の基本的な実態を空洞化させてしまっている。電力システム改革は7、8年後で、しかも持株会社方式で、事実上地域独占を維持して、部分的な開放にしかならない。EUは2年でやっているわけです。先延ばし体質というのが表に出てきて、おそらく産業の新しい転換が遅れてしまうだろう。

そうすると、財政金融政策が効いている間はそれなりに経済が平衡を保っているように見えるけれど、この麻酔が切れた瞬間に実は日本の産業がボロボロになっているということで、ちょうどリーマンショックで見えた日本の産業の競争力の弱体化というのが、さらに一層進む。つまり、スパコン、ICT革命に乗り遅れて、さらにこのエネルギー転換の遅れで国際競争力を落とすということになると、「失われた30年」になりかねない。「脱成長論」と言う人がまだいるけれど、それは完全にピンぼけで、日本は長期停滞から長期衰退に入り始めているわけです。この危機感が非常に弱い。真ん中の人たちが異常に動かない。財界団体がサラリーマン重役の互助会になっているので、結果的に動きがとれない状況です。でも、多くのメディアはこういう本質的な問題を叩かない。これも「失われた20年」と同じです。きわめて視野が狭く、世界の流れから遅れていくわけです。

――産業構造がまったく変わらないというか、古いのを麻酔でごまかしているという事態が、もう20年続いたのに、さらにまた10年、ですか。

金子 なろうかな、という勢いになっている。だから、リーマンショックが起きたときに、全部、裸にされて、気がついてみたら、どの産業も売るものがなくなっていた。同じようなものをイノベーションせずにつくっていれば、新興国にキャッチアップされるので、より労賃の安いところ安いところへとシフトしていく。そうすると円安をこれだけやっても、貿易収支が全然改善しない。燃料費の上昇だけを強調して、また原発再稼働という筋違いのところへどんどん流れていっていますが、実は中国からの逆輸入が大きいし、円安によって輸出が伸びているというのは、アメリカ市場が若干伸びているくらいで、きわめて脆弱な状態になっている。

エネルギー転換から成長戦略を描け

――成長戦略というか、産業構造を根本的に変えなくてはいけない。するとカギはやはり、電力改革を含めたエネルギー政策ということになりますか?

金子 そうですね。これが突破口。ちょっと内心忸怩たるものがあるのは、小泉と同じになっちゃったということだね(笑)。ちょっと悲しい。

エネルギーというのは、一番イノベーションにとって波及効果が大きい。たとえば、石炭で蒸気機関だと考える。蒸気機関ができて、綿織物工業が機械制工業になり、蒸気船がそれを世界に運び、さらに内陸で蒸気機関車が運んでいく。そして世界市場が拡大するプロセスが第一次産業革命だとすると、これが大恐慌から第二次大戦を経て、石油とエンジンになる。そうすると自動車や航空機や、重化学工業という新しい産業が生まれてきて――集中メインフレーム型といわれます――その産業構造のもとで、家族も核家族化して、大量生産・大量消費が定着してくるわけです。

いま先進国ではこれが行き詰まっている。集中メインフレーム型の経済は人口が増えて成長している限りどんどん倍々ゲームで成長していって、大きく吸収する。いま新興国がそういうプロセスに入っているわけです。ところが人口が減ったりして成長が止まると、同じものを大量生産してコストを下げるという方式は有効性を失うわけです。そうすると、1個1個は小規模でもICT技術で客のニーズを即座につかんで、それを反映して、ネットワーク化して調整していくという方式になる。コンビニが典型的だし、エネルギーのスマートグリッドもそう。これが基本的な大きな流れです。

そうすると、エネルギーがまず分散型になって、本当は地方で投資をした方がいい。中小企業や地元の市民ファンド、あるいは協同組合を含めて、そういう投資をすると、地方にお金が環流してくるようになります。だからスマート化というような技術が全体として広がっていけば――送配電網から発電所まで、住宅・建物・工場、それから街も、交通や防災システムを含めてスマートシティになってくると、一気に需要が変わってくるわけです。当然、耐久消費財、たとえば車も電気自動車や燃料電池車に変えなくてはいけない。

つまり全部作り替えたり買い換えなくてはいけなくなる。エネルギー転換で。そういう意味で、投資の波及効果、需要の波及効果が非常に高い。ですから、ここが突破口。

分散ネットワーク型になれば、大きければいいという意味ではなくて、安心安全という社会的価値が商品になる。「原発やめて清貧の思想」を語る人がいますが、それはちょっと違う。みんなスカイラインGTRは欲しくなくなるけど、プリウスは欲しくなる。つまり、買うものをみんな価値観の変化に応じて変えていかなくてはいけない、ということが起き始めるのです。

これはすごく重要です。農業も、アメリカのように遺伝子組み換え作物をつくり、農薬をヘリコプターや飛行機でまいて、大平原でどでかい機械を使い、メキシコ人の不法移民を雇ってコストを下げるという、そういう農業が本当にいいのか、ということですね。安心安全であるとすれば、小規模零細でもいいではないかと。6次産業化のように直接売ったり加工したりして、地域単位でネットワークをつくっていく。日本でもいま直売所が1万6000くらいできていますが、これをネットワーク化していけば、コンビニに対抗するような力を持ってくるわけです。

こういう大きな産業構造の転換と投資、それから消費者のニーズの変化というのは、あらゆるものを作り替えていってしまう。福祉でも、包括ケアと呼ばれる仕組みが導入されるようになったら――いまは、ただの安上がり方式のうたい文句になっているけれど――電子カルテ化されて、中核病院・診療所、訪問看護・介護、介護施設、これらが全部ネットワーク化されて、一人ひとりの患者にかかりつけ医やケースマネージャーがくっついているようになる。すると人々が不安にならずに施設を効率的に使い、近場で調整していく。そう大きく変化していく。それが起き始める。ダイナミックな産業構造の転換がいま起き始めていると言えるでしょう。

そこで典型的なのが軍事技術です。先ほど述べたように、アメリカ軍は、完全にこの再エネシフトですよ。言語矛盾だけど、「環境に優しい殺戮兵器」になっていくわけです。パネル持って、パソコン動かしてミサイルを打ったり、バイオテクノロジーで培養したバイオエタノールで、戦闘機や空母を動かしたりとか、基地は太陽光と風力でスマート化したりというのが進んでいるわけです。エネルギーというのは国家戦略物資だから、市場で決定するのではない。まず軍事で変わっていきながら、それが技術的に発展する。軍事のエネルギー転換が、民間の、社会全体のエネルギー転換を先導するんです。そういうプロセスがここ数年で猛烈な勢いで進んでいる。ここで乗り遅れたらもう日本経済はアウトという状況です。

――しかも、現実には乗り遅れそうだという感じです。

金子 アベノミクスで。「アホノミクス」って誰か言っていました(笑)。分散ネットワーク型になると、福祉もエネルギーも、市民が投資をしてどういうものをつくるかを地場の人が決めていく。そういう住民参加型になってくる。そたとえばスマートグリッドだったら、気象システムも入って、風向き・風力・日照時間などはかなり分かるようになります。そこの地域にどれだけの電力があって、どれだけの風や日照だかも分かって、ロスのないように近場で調節していく。そういうエネルギーに一人ひとりの地域の人が投資をしていくという、そんな姿が描けます。

いままでの地方分権論というのは行政の分権で、頭でっかちでした。片方で公共事業をやっていたんじゃ、地域経済は変わらない。ところがICTの力で、大量のロスを出してやる無駄な生産方式から小規模でもニーズに合ったものを自立的につくろうとする。それを近場でコンピュータで、できるだけロスの少ない形で調整する。それによって効率化、安定化を達成する。そういうような、分散ネットワーク型の新しい産業構造と意志決定を含めた社会システムに21世紀は大きく変わってくる。そういう将来像をみんな描けていないのでしょう。

思想の座標軸を組みかえよう

――話は飛ぶかもしれませんが、都知事選で田母神の支持者がとくに若者の間で非常に多かったということがありました。いまおっしゃったように、産業構造の転換から世界が変わるという筋道で見たときに、現実の社会を動かしているイデオロギーは全然違うのではないかという気がしますが。

金子 若い人たちに浸透して、ヘイトスピーチなどの非常に危険な傾向が出ているのは分かりますが、まだ完全に火がついてないと思っています。結局、原発推進は60万票に封じ込められた。200万票近くを宇都宮・細川がとるプロセスで、舛添も「私も脱原発」と言わざるをえなくなった。要するに結果としてみると、漸進的脱原発か即時脱原発かで、ほとんど400万を獲得してしまうという現象になったわけです。

私は福島第一原発事故直後に、『脱原発成長論』という本を出した。放射能がどうとか、事故がどうとかいう本がたくさん出ているときに、「脱原発で成長はないだろう」なんて言われ方をしました。僕は非常に直感的に、原発事故の問題とこの右傾化の問題は表裏一体だと思います。丸山真男が戦前の体制を、1962年に出した『日本の思想』で、無責任体制と言ったのですが、いま同じことが起きているわけです。不良債権問題でも原発事故も。原発はまず、無責任体制を問うという闘いでもあるわけです。

ナチスドイツを思い浮かべると、ナチスは、第一次大戦でのベルサイユ条約体制を批判する一方で、アウトバーンをつくって「国民すべてにフォルクスワーゲンを」というスローガンを立て、国民生活の向上も言った。実はモータリゼーションの未来を語ったのはナチスです。「第二次大戦は侵略戦争じゃない」とか、村山・河野談話の見直しとか靖国参拝とかいうような安倍政権が一連でやっていることは、ナチスの一方を実現しているけれども、実は手口をまねてはいなくて、若い人を非正社員化したりしている。この戦前回帰と生活向上の両方を展開されたら、とんでもないことになる。ということで、未来社会のビジョンや成長のありようというのをつねに提供していかなくてはいけないと思って、原発事故以降、「脱原発成長論」を語っています。

――脱原発は、産業構造を変えたり社会を変えたりすることにつながるというところがなかなか理解されてないということでしょうか。

金子 十分な広がりを持っていない。しかし、この旗をとられると危ない。そういう危機意識でやっているんです。ただ、ご当地電力といって、地場の中小企業や市民が出資して、地域の電力をつくるというような動きが広がってきている。行政が指導してやるケースも多いです。そういうのはだんだん市民参加型で広がってきています。

反原発の運動をやっている人たちが一時的にせよ、たくさんの人を動員できた。でも集会がだんだん風化とともに縮小してきている。たとえばSNSの運動は、広がるときは単一のスローガンで、飛びつきやすく、ワーッと広がる。ところが、それだけだと抗議運動の域を出ないんです。エジプトを見れば分かるように、最後は軍隊とムスリム同胞団という強固な組織を持っているもの同士の闘いになって、結果的に民主主義化が逆戻りしてしまうという現象になっています。あれが象徴的で、SNSは有効性もあると同時に限界も見えている。

分散ネットワーク型は1個1個の地域にそのエネルギーや福祉や農業で組織をつくっていく。制度化していく。そういう戦略が必要です。

集中メインフレーム型のいわゆる重化学工業の時代は、革命の時代だったわけです。ある意味で中央司令室を握ったヤツが勝つ。だから社会主義対資本主義が基本的対立軸になり、後発国を中心に社会主義になったのは、市場に任せていたら絶対に先進国に規模の経済で負けるので、国家が乗り出して、集中メインフレームで、でかい施設をつくって発展する。そういうモデル、国有化路線などが有効性を持っていた時代だったんです。

ところが分散ネットワーク型は、まさに集中メインフレームとは違う形で、囲碁型になるわけです。1個1個の地域が別々に自立しようとする動きがあって、制度ができてきて、それがネットワーク化されていったときに、地が囲われて石がひっくり返っていくような、そういう変化のイメージに大きく変わっていく。ドイツの緑の党もそうですが、地道に地域でエネルギーをつくっている人たちが、地に足をつけて広がっています。そういうことがとても大事な気がするんです。

――具体的にあちこちに芽があるということがなかなか見えないのですが。

金子 少しずつ出てきている。環境や安全を中心にすると、将棋型から囲碁型に変わっただけじゃなくて、思想傾向も組み替えが起きる。たとえば、保守も環境派なんです。女性が放射能がイヤだ、というのも、別に革新的なエネルギーじゃなくて保守のエネルギーです。環境を汚すな、と。片方で新しい環境で、産業レジデンスをつくろうという革新派も出てくる。そういう不思議な切り方をするために、かつての政治的な区分とは違う組み替えが起きるんです。いまそういうことがガラガラ起きている最中で、なかなか見えにくくなっている。

細川陣営と宇都宮陣営とに分裂するということ自体が、昔型の脱原発をやっている人たちもいれば、やや保守的な色彩を持っている人もいるという、違うものが二つ見えたのでしょうが、こういうことが、座標軸の組み替えで対抗軸として正確に組み替えられていくようになるには、ちょっと時間がかかる。ドイツも1990年くらいからですから、20年ほどかけている。

――分かりやすいですね。宇都宮、細川が実は同じものをちゃんと代表しているけれど、いかにも相容れないものであるかのように、普通の人は見ているのですね。

金子 古い座標軸だから分かれている。だけど新しい座標軸であれば一緒にやれる問題です。そういう組み替えがいま、生みの苦しみでなかなか起ききってない。だからもう資本主義対社会主義とか革命とか、そういう時代は終わっていて、自立とネットワークによる新しい価値と組み替えが起き、社会が転換する。そういう新しい時代をどうやってつくっていくか。

そのとき、マルチチュードとも言われるようなSNSの結びつきは、あるところでは人を結集させる契機になるけれど、形として制度が定着化していく戦略をしっかりつくっていかないと、エジプトのようになります。

『現代の理論』風に言えば、いまは陣地戦の時代でしょう。

かねこ・まさる

1952年東京都生まれ。東京大学大学院経済学研究科修了。現在慶應義塾大学経済学部教授。専門は、制度経済学、財政学、地方財政論。著書に『金子勝の食から立て直す旅』(岩波書店、2007年)『閉塞経済』(ちくま新書、08年)『新・反グローバリズム』(岩波現代文庫、10年)『新興衰退国ニッポン』(共著、現代プレミアブック、10年)『「脱原発」成長論』(筑摩書房、11年)など多数。