特集 ● 混濁の状況を見る視角
リーマン危機後15年の日本経済
企業の儲け、労働者収入に届かず
グローバル総研所長 小林 良暢
世界的な金融危機を招いた2008年9月15日の米金融大手リーマン・ブラザーズの破綻から15年が経った。その教訓から、世界経済は金融システムが強化されたが、ここにきて綻びが垣間見え始めている。
米FRB、地銀に資金拡充を要請
世界経済ではこの夏、米連邦預金保険公社のグルーエンバーグ総裁が突然、新たな銀行規制を強化すると発言して、世界に衝撃が走った。また米連邦準備制度理事会(FRB)など金融当局が、地方銀行や債券を発行する金融機関に対して、自己資本要件を引き上げる措置をもとめた。
リーマン・ショック後の米金融システムは、2020年春からの米地銀破綻の危機を難なく乗り切るなど、15年前に比べて頑強になったふうにみえる。またマクロ経済も堅調で、特に個人消費が底堅いことから、米国景気に楽観論が支配しているが、それでも当局が金融システムに対する警戒を解かないままでいる。これはなぜか。
理由の一つは市場環境の悪化、すなわち膨大な債務と金利上昇にある。国際金融協会によると、世界の債務残高は2023年1~3月期に305兆ドル(4.5京円)に達し、リーマン危機前に比べて70%も増えている。中でも金融機関のバランスシートを精査すると、企業債務が9割増に膨らんでいる。オフィスビルなど商業用不動産市場では、多額の資金が流入して、政府の利上げによって金利負担が重くなり、収益力が低い「ゾンビ企業」向けの融資案件について、デフォルト(債務不履行)の危険性をはらんでいる。
コロナ禍による在宅勤務の広がりから稼働率が低下したオフィスビルなど、商業用不動産向けのローンについてリスクが拡大しており、米MSCI(Morgan Stanley Capital International)社の推計によると、ローン返済の延滞が発生するなど、将来的な「不良債権予備軍」は1623億ドルと、実際の不良債権が2倍以上に膨張しているというのが実情だという。
企業の儲け、労働者所得に届かず
日本においても、企業を中心に海外からの所得流入が増え、日本全体の所得が高まっているが、その企業の稼ぎが家計に十分に届いていない。名目の国民総所得(GNI)は4~6月期に年換算で625兆円と最高だった。だがその実態は、持続的な賃上げや株式投資の裾野拡大で所得を家計に還元し、経済の好循環につなぐことが十分出来ていない。
GDPに海外からの所得の受け取りと支払いを加味したGNIは一足先に大台に乗り、昨年10~12月期に601兆円になった。直近4~6月期は625兆円とさらに膨らんだ。たしかに、新型コロナウイルス流行前の2019年10~12月期と比べると名目GNIは9.4%増えた。しかしながら名目GDPの7.2%増に比べ、伸び幅は大きい。
海外からの所得は増加
この要因を分析すると、企業ほどその効果が大きく、家計への波及が遅れ、金額でも少ない状況になっている。名目個人消費はコロナ流行前に比べ6.2%増とGNIに比べ伸び率は鈍く、個人消費の元手となる名目雇用者報酬も3.8%増に止まる。
総所得を押し上げたのは、海外からの所得流入だ。4~6月期は受取額が56兆円、支払額が20兆円で、差し引き36兆円分がプラスになった。純受取額は前の期に比べて2.4兆円拡大した。このように、海外からの所得流入は拡大しており、10年前に比べ受取額は2.2倍になった。日本企業が海外企業の買収・出資を増やし、現地子会社が計上した利益や日本側で受け取った配当金が増加した。
足元では証券投資による収益も増えており、特に債券利子の受け取りが拡大している。米欧で金利が上昇した影響もあって、日本側が受け取った海外通貨建ての所得が、円換算で膨らんだ面が表に出てきて業績の支えとなっている。だが、増えたGNIは企業が内部留保で隠れた利益として抱え込むだけで、家計に還元というかたちでの個人消費の伸びにつなげることができていないことが重要だ。
分配への流れ鈍く
このルートとして、なによりも賃上げが重要だ。SMBC日興証券の丸山義正氏は「企業業績の好調さを踏まえれば、さらなる賃上げが必要だ」と指摘する。
7月時点のフルタイム労働者の現金給与総額は1.7%増にとどまり、この間に3%程度で推移したインフレ率を下回ったままで推移している。結果として、賃金で配分する動きはまだ物足りない状況にある。
日銀によると23年3月末時点で家計の金融資産約2000兆円に占める株式や投資信託の割合は2割弱にとどまり、米国の5割やユーロ圏の3割に比べ低い。資産形成を通じて企業が得た海外からの所得を還元できる余地は、日本では大きいはずなのだか、そうはなっていない。政府の分配政策の遅れがなせる最大の失政である。
こばやし・よしのぶ
1939年生まれ。法政大学経済学部・同大学院修了。1979年電機労連に入る。中央執行委員政策企画部長、連合総研主幹研究員、現代総研を経て、電機総研事務局長で退職。グローバル産業雇用総合研究所を設立。労働市場改革専門調査会委員、働き方改革の有識者ヒヤリングなどに参画。著書に『なぜ雇用格差はなくならないか』(日本経済新聞社)の他、共著に『IT時代の雇用システム』(日本評論社)、『21世紀グランドデザイン』(NTT出版)、『グローバル化のなかの企業文化』(中央大学出版部)など多数。
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